【虎の自叙伝〜その26】 世界の青木

 2001-02-19
スポーツ界で一番好きな選手は?と聞かれたら僕は即答で、プロゴルファーの青木功選手と答えるだろう。

日本人としてはじめて全米ツアー(ハワイアンオープン)に優勝したときなんか、学校のテストそっちのけでテレビにかじりついていたものだ。最終ホールの逆転チップインイーグルは、僕の心の永久保存版である。ちょっとへこんだ時など、あのビデオを見ると元気百倍なのだ。

僕自身はゴルフはやらない、なのに好きなのである。誰かを好きになる場合、本来そこには確たる理由など存在しないことが多い。

僕が青木選手が好きなのも、その例にもれないと思うのだが、あえてその理由を考えてみたい気分でもある。感じるままに列挙してみよう。

存在感、集中力、職人技、挑戦心、包容力、打ち込む姿、ゴルフが大好き・・・。いうなれば自分が目指す生き様がそこにあるのだ。中でもその根源にあるものは、ゴルフが大好きということである。好きなことを思う存分楽しんでいる姿は本当に美しい。あれこそが本来の人間の姿じゃないだろうか。

僕が最近、もっとも気に入ってる言葉。それは「わくわく」だ。胸がわくわくするのわくわくだ。そのわくわくが青木選手からビシビシ感じられるのだある。あなたの人生は、わくわくしてますか?そんな問いかけを、青木選手の姿を通して自問しているのである。

【虎の自叙伝〜その25】 エスカレーター

 2001-02-12
そもそもエスカレーターが苦手だったのだ。

何がって?それはエスカレーターに足を乗せる瞬間、がである。平らな金属パネルが階段状に変化するあの瞬間がどうも苦手で、つい足をとられそうになってしまうのだ。友達はスイスイ乗っていくのに、僕だけがうまく乗れない。

これはいったいどういうことだ!そんな思いが僕の苛立ちを益々増幅させるのだ。僕がまだ小学校、それも低学年のころの出来事である。

どうしてあんなことになってしまったのだろう。今もって謎である。

【虎の自叙伝〜その24】 不思議なもの

 2001-02-08
昔から不思議なものが好きなのである。UFO、ネッシー、オーパーツ、古代遺跡、超能力などなど。信じられない人には滑稽に映るかもしれないが、好きなものはしようがない。

きっかけは何だったのだろうかと考えてみると、思い当たるのはやはりこの人、矢追純一氏。そう、あの「木曜スペシャル」なんかを制作した人。小学生の頃から大好きな番組のひとつだった。でも、当時は番組も木曜と決まっていたわけじゃなくて、水曜日だったり土曜日だったりけっこうばらけていたような気がする。

この手の本もよく買って読んでいた。おこづかいを全部はたいてしまったこともある。雑誌ではやはり「ムー」でしょう。これなんかは、最近までちょくちょく買っていたぐらいだから。僕がSFモノが好きな理由は、きっとこんなところにあるのかもしれない。

映画でも本でもそうだけど、SFモノって興味ない人にはまったく受け入れがたい内容だろうけど、好きな人にはたまらないんだよねえ。そういう意味では、僕という人間の本質は、浮世離れしているところにあるような気がしないでもない。いやいや、単に空想が好きなだけかも?

【虎の自叙伝〜その23】 新撰組

 2001-02-02
中学2年の時、新撰組にはまってその類の本を読み漁った。特に感銘を受けたのは、司馬遼太郎著「燃えよ剣」。当時、読書感想文にも書いたぐらいだから相当なものだ。きっかけは何だったのか、さっぱり覚えていない。

特に副長の土方歳三に傾倒していて、その美学に酔いしれていた。彼の最期の地は、北海道・函館にある。どうしても行かねばという強烈な思いが、僕の足をその地に向かわせた。21歳のときである。そこには身の丈ほどの石碑があった。静かに添えてあった花が今も鮮やかに記憶に残る。

当時、僕のまわりの大人は、はらはらしていたに違いない。中2といえば思春期の真っ只中、何かにつけて影響を受けやすい年代だ。それが新撰組なのである。そこに危うさを感じ取ったとしても不思議ではない。当の本人はケロッとしたものだったのだが。

そして時は経ち、中学も卒業の時を迎える。卒業文集に僕の作文が載った。タイトルは「人間・土方歳三を探る」というもの。ここまでくれば、僕の情熱も大したものだろう。でも僕が教師だったら、たぶんこんな作文は掲載しないだろうな。どう見たって、卒業文集には似合わないと思うから。

【虎の自叙伝〜その22】 エアーチェック

 2001-01-28
小学生の高学年の頃、ある画期的な商品がお茶の間にデビューした(それ以前にもあったかも知れないが)。世に言う「ラジカセ」である。これにより「録音できる環境」が一般家庭にまで浸透することになった。

そんな中、エアーチェックなる言葉が登場する。この言葉、一般的にはラジオやテレビでオンエアされた音楽や番組を個人的に録音・録画する行為を言うのだが、僕らにとってのそれはほとんど音楽に限定される。つまりラジオで流される音楽を録音して自分だけのオリジナルテープを作る作業のことだ。

レンタルCDの登場以降、その必要性が急速に減速し、そのオリジナルテープを作ったりするのにも苦労しなくなった。だから30歳以下の世代では、エアーチェックをやったことのある人の方がむしろ少ないくらいだろう。

僕らの時代は、このエアーチェックこそが音楽を入手できる最大の手段であった。できるだけノイズが入らないように工夫したり、録音レベルに細心の注意を払ったりして、それはもう宝物のように扱ったものだ。

そんな経験が、ラジオ制作の現場では大いに役立ったことは言うまでも無い。毎月FM雑誌を買ってきては番組表をチェックし、ひたすらオリジナルテープの制作に励んだことが懐かしく思い出される。

そして現代。CDやMD、インターネットなどのテクノロジーの進化により、私たちの音楽環境は劇的に変化し大変便利になった。ほとんどスイッチ一つで欲しい音楽が入手できのだから。だがその代償は・・・。時代は僕らに何を問い掛けているのだろう。
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